雪組大劇場公演「ONCE UPON A TIME IN AMERICA」
1回目(B席)、2回目(一階S席)
以下、感想(ネタバレあります。ご留意ください。)
主人公たちをとりまく環境は、貧困と差別に満ち、裏切りや嫉妬、抜け出せない闇の中で野心をたぎらせている。
ヒロインも主人公に寄り添うのではなく、同じように頂点に立つことを夢見る野心家。
ショーの場面やカーニバルの場面では華やかさがあるものの、ほとんどのシーンは黒っぽいスーツの男たちでうめられていて、映画さながらセピア色の世界。
今までの宝塚ではあまり扱われなかった作品なのは確かです。
ですが、だからこそ、一本の薔薇の赤さが強烈に印象に残る、意味深い作品です。
しかし、まぁ、歌がどれも難しい。
望海さんや真彩さんは難なく歌っておられますが、どれもオペラのアリア級!!
再演を想定していないと思われます。(笑)
ヌードルス役 望海風斗さん
『運命の女神は私に望海風斗を与えてくれた。』
『宝塚史上屈指の歌唱力。』
『ロバートデ・ニーロに見せたい艶のある演技』
こう、小池先生が絶賛するのも納得です。
本当に望海さんあっての作品。
望海さんの磨きあげられた男役の一挙手一投足、醸し出す色気と緊張感に、客席は静まり返り魅入りました。
少年期の高い声、弾ける笑顔。
「いつか皇帝になる」と大きな夢を語り、好きな子に真っ直ぐに進んでいく無邪気さは、まさに、やんちゃな男の子の思春期そのもの 。
デボラとの可愛らしいキスシーンは、この物語の数少ない明るい彩り。
かといって幼くなりすぎず、周囲に「キレモノ」と呼ばれる賢さが、目線の鋭さや言葉尻の強さに表現されているのは流石です。
青年期は、立っているだけで周りの女を虜にしてしまうのも納得の色気。
7年経って刑務所から出てきた時のスーツ姿と、デボラと食事するシーンのタキシードの匂い立つ色気にクラクラ~。
目線の動かし方ひとつ、座り方、声色、歩き方、スーツの着こなし、全てが男役の極み。
ショービジネスで成功したデボラに相応しい男になるために悪に手を染め、力を得、その自信溢れる振る舞いにデボラは嫌悪を示すが、客席は強引でカッコいい望海さんに惚れ惚れ❤️
デボラに拒絶された後の絶唱は観客の心をえぐり、幕が降りるギリギリの表情は観客の心を震えさせます。
望海さんは男役を極められたのだなぁと思っていたら、次の壮年期はこんなもんじゃなかった…
壮年期は、ゆっくりとした動きと落ち着いた声色で、青年期とは全く雰囲気が違い、25年という空白の時間を見事に埋めて物語を成立させて、、本当にすごい人です、望海風斗さん。
椅子に腰かけてとつとつと話す声、少し歪んだ姿勢、足腰を庇うような仕草が、哀愁を帯びた男性にしか見えない。渋い色気があり魅力的。
待ちに待ったデボラとの再会のシーンの、何とも言えない虚しさ。
デボラ「幸せ?」
ヌードルス「少しは。」
ヌードルス「お前は?」
デボラ「少しは。」
この寂しく虚しく、でも粋なセリフを言い合う二人の芝居が深くて、思わず涙がこぼれました。
自分が誤って死なせてしまったと思い込んでいた 親友マックス(彩風さん)との最後のやりとりに、小池先生が描きたかった、『勝者も敗者も、幸不幸の分量はそう大して変わらないことが分かってくる。しかしそれには、かなり長い時間が必要である。』ということが、滲み出ていました。
デボラ役 真彩希帆さん
どこまでも高みを目指す勝ち気な少女が、頂点目前に愛する人に裏切られ転落の人生。
いつもどこかでヌードルスを想いながらも、最後はマックスとそういう仲に。
難しい役ですね。
しかし、真彩さんは見事。
年代によっての演じ分けも違和感なくすんなり。
それは、服装や声色の変化もあるでしょうが、一番は、歌と役が分離することなく、真彩さんが役(デボラ)として歌っておられるから。
歌を上手に歌うことよりも、役として言葉(心情)を音に乗せて発しておられるのだなぁと感心しました。
だからこそ、望海さん演じる各年代のヌードルスと呼応した、素晴らしいハーモニーに、それぞれが年月を重ねてきたことが想像できます。
物語の余韻
『ONCE UPON A TIME IN AMERICA』
この作品のすごさ、素晴らしさは、見終わったあとの余韻です。
見終わって数日経ちますが、ヌードルスやデボラのその後を想っては、ため息。
もしあの時、ヌードルスが警察に密告しなければと想像しては、ため息。
もしあの時、デボラがヌードルスを受け入れていたらと想像しては、ため息。
後から後から、想像が広がる。
これが名作の名作たる由縁ですね。