宙組大劇場公演『黒蜥蜴』観劇してきました。
ここ数年、イレギュラーな舞台が続いていた宙組が、ようやく大劇場で「本腰を入れた芝居作」に取り組めるようになった現実に、まずは胸熱。
観客全員が「知ってる」前提?
『黒蜥蜴』は、天才私立探偵・明智小五郎と美貌の女盗賊・黒蜥蜴の知恵比べを描くサスペンスロマン。
黒蜥蜴が実業家の令嬢・岩瀬早苗を誘拐し、最高級の宝石「エジプトの星」を狙う中で、追う者と追われる者である二人が孤独な魂で強く惹かれ合っていく究極の愛憎劇です。
今回の宙組版は、トップコンビのパワーバランスの歪みと、生田大和先生の熱狂的な“オタク心”が先行した異色作となりました。
そう、幕開けから「黒蜥蜴の正体が緑川夫人である」という前提を観客全員が知っているものとして進むため、予備知識のないビギナーには不親切。説明もなくいきなり「爬虫類に昇格!」などの独特な台詞が飛び交い、ポカンとした方も多かったはず。ラスト(潤一はどちらと結ばれたの?)も『ご想像にお任せします』って、そりゃないよ~。
このアングラで猟奇的な狂気の世界は、大劇場よりも「別箱」の空間でこそ耽美な魅力が極限まで引き出されたのでは、と感じてしまいます。大劇場の舞台で、長い距離を家具を持って移動させられる生徒たちの気の毒なこと。。
まさかの「娘役オンステージ」と若手スターの「辛抱」
そして何より驚いたのは、男役トップスターの桜木みなとさんをおさえて、舞台は完全にトップ娘役・春乃さくらさんの独壇場になっていたことです。
春乃さんは膨大なセリフをよどみなく喋り、男装の凄みから悪女の狂気まで完璧にコントロールする圧巻のクオリティ!逆に桜木みなとさんは、抜群の器用さで天才探偵から浮浪者まで軽々とこなすものの、中盤の「乞食姿」の変装シーンが長く、トップの輝きを堪能しきれず複雑な胸中。
男役優位の宝塚において、大劇場でここまで娘役が主導権を握るバランスは異例。同じく娘役がタイトルロールの『エリザベート』のシシィ以上の比重でビックリ!
ここで浮かぶのが人事の謎なわけですが、娘役最高峰の役を演じきった今、「なぜこれが春乃さくらさんの退団公演ではなかったのか」。劇団が描くトップコンビのゴールの戦略を測りかねています。
そして、組子たちにも試練が!前作『PRINCE OF LEGEND』の全員に見せ場があるお祭り騒ぎから一転、原作の都合上とはいえ、圧倒的に役が少なく、「辛抱」を余儀なくされ不憫ですね。
3番手の鷹翔千空さんですら見せ場の少ない真木警部補役に甘んじ、続く路線の風色日向さんや亜音有星さんもほぼモブのような扱いなのは贅沢すぎるスターの浪費。
また、天彩峰里さんが「早苗」と「葉子」の重要二役を独占した配置も、他の若手娘役に経験を積ませるチャンスを狭めてしまった組織の硬直化を感じ、一抹の疑問が残りました。
少ない出番でも爪痕を残す宙組生たち
一方で、少人数で舞台に立っても、ひとりひとりの存在感が際立つのは、やはりさすがの宙組生!
黒蜥蜴を崇拝する潤一役の水美舞斗さんは、歪んだピュアさから後半にかけて狂気じみていくグラデーションが見事。鷹翔さんの抜群の存在感と歌唱力、スーツをパリッと着こなす風色さんの美しさ、そして異次元のスタイルで暗い舞台の明度を上げる亜音さんは、貴重な清涼剤として目を引きます。
手下役の大路りせさんはクールで妖しい視線が悪の世界の住人として説得力抜群、同じく泉堂成さんもダークトーンのメイクが退廃的な世界観に非常にマッチしていました。
娘役陣では、一味となった山吹ひばりさんのクールビューティーな悪女っぷりが新鮮で、明智の秘書役のきよら羽龍さんも美声と丁寧なお芝居で場面をきゅっと引き締めます。
さらに上級生の技も炸裂!浪越警部役の叶ゆうりさんの無骨な存在感や、支配人夫人役の愛すみれさんが醸し出す濃厚な昭和の空気感には思わずクスッ。
で、今回、何より秀逸だと思ったのが、明智の心理を描く「影のダンサー」たちのダンスと美しい裾捌き。そして後半の“美術館”のシーンでマネキンのごとく完璧な静止を見せた組子たちのプロフェッショナルな姿。どちらもジーッと見惚れてしまいました。
ということで、演出の課題と人事の謎を投げかけた『黒蜥蜴』ですが、お芝居に飢えていた宙組生がこの濃厚な戯曲に体当たりで挑み、血肉にしようともがく姿に激しく引き込まれる作品です。次回の観劇も心して挑みたいと思います。