日本のミュージカル界が海外発のグランドミュージカルで盛り上がる中、明治座で、じんわりと心温まる日本オリジナルミュージカル『アイラブ坊っちゃん』を観てきました。
『アイラブ坊っちゃん』感想
本作は、文豪・夏目漱石の波乱に満ちた人生と、彼が紡ぎ出した名作『坊っちゃん』の物語が舞台上で交互に描かれる作品です。
決して派手なセットや大掛かりなイリュージョンがあるわけではありません。しかし、人間の心の機微にそっと寄り添うような、なんとも日本らしい繊細な優しさに満ちた素晴らしい舞台でした。
正直に言うと、井上芳雄さんや彩みちるさんが出ていなければ、劇場へ足を運ぶ優先順位は低かったかもしれません。
「ちょっと地味そうかな……」と敬遠しがちな作品だからこそ、実際に劇場でこの温かさに触れた時、自分の視野の狭さを反省しました。同時に、こうした作品の真価をしっかりと受け止め、良さを味わい尽くせる観客でありたいと思わされた作品でもあります。
キャスト感想
主役の夏目漱石を演じる井上芳雄さんの歌唱パートが前半は意外にも少なく、ファンとしては少し焦らされる感覚がありました。
しかし、だからこそラストの大ナンバーでの「待ってました!」感は凄まじかったです。まるで「一人グランドミュージカル」のような説得力のある歌声に、ただただ感動。年齢を重ね、良い感じにビジュアルもキラキラが収まり年相応の役が似合うように。役者としても深みが増してまさに『円熟期』。
そして、漱石の妻・鏡子を演じた土居裕子さんの実年齢を知った時の衝撃といったらありません。あの瑞々しく張りがあるのに温かい歌声を一体どうやって保たれているのでしょうか。漱石だけでなく、客席を包み込むような包容力のあるお芝居が素晴らしかったです。
劇中劇として描かれる『坊っちゃん』の世界では、坊っちゃん役の三浦宏規さん、山嵐役の小林唯さんという、今のミュージカル界を引っ張る若手実力派陣が大奮闘!文学作品特有の泥臭さを、若手ならではの真っ直ぐさと爽やかさで見事に昇華しており、観ていて本当に気持ちが良かったです。松尾貴史さんの赤シャツも胡散臭いスパイスが効いていて良かったです。
また、おばあちゃん(清)役を演じられた春風ひとみさんの、脇を固める確かな演技力と歌唱が、作品の背骨として舞台をしっかりと支えていたことも忘れてはなりません。
彩みちる外部デビュー
そして、私たち宝塚ファンにとって最大の注目は、何と言っても今回が外部デビューとなった元雪組娘役・彩みちるさんです。
マドンナ(登世)役として登場したみちるさんは、まさに「ぴったり」の一言。宝塚時代から定評のあった圧倒的な芝居心と、あの独特の愛くるしさは健在でした。お人形さんのような美しさを放ちながらも、ちょっとコミカルな間合いやセリフ回しで客席の笑いをしっかりと計算通りにかっさらっていく姿は、さすが数々の名舞台を経験してきた実力派娘役。
彼女の新たなキャリアの幕開けとして、良いお役(2役)だったと思います。退団後もこうして輝く姿を観られるのは嬉しいですね。客席にはおそらく彼女の応援に駆けつけたのであろうOGたちの姿もありました。
大作ミュージカルの華やかさも素敵ですが、観終わった後に胸の奥がぽかぽかと温かくなる『アイラブ坊っちゃん』。
このような作品の価値を、OGの活躍とともに、これからも大切に追いかけていきたいと思います。